顎関節症にボトックス治療が効く理由と改善効果~医師監修

今回は、顎関節症にボトックス治療が効く理由と改善効果について、歯科医師の視点から詳しく解説していきます。顎関節症でお悩みの方はぜひ参考にしてください。
目次
顎関節症とは?症状と原因について
顎関節症とは、顎の関節(顎関節)やその周囲の筋肉に問題が生じて、さまざまな症状を引き起こす病気です。日本顎関節学会では「口だけでなく、頭や首全体に影響することがある病気」と定義されています。
顎関節症の主な症状には次のようなものがあります。
- 口を開け閉めするときの痛み
- 口の開閉時に「カクッ」「ジャリジャリ」といった音がする
- 口が開きにくい(指2〜3本分しか開かない)
- 顎が外れやすくなる
- 頭痛や肩こり
これらの症状は、日常生活に大きな影響を与えることがあります。食事がしづらくなったり、会話がつらくなったりすることで、生活の質が低下してしまうのです。
顎関節症の原因は一つではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
主な原因として以下のようなものが考えられます。
- 歯ぎしりや食いしばり:睡眠中の歯ぎしりや日中の無意識な食いしばりにより、顎の筋肉や関節に過度な負担がかかります
- ストレスや緊張:精神的なストレスは歯を食いしばるクセを誘発し、顎の筋肉の緊張を高めます
- 関節の内部トラブル:顎関節内の「関節円板」というクッションがずれたり、炎症を起こしたりすることで症状が現れます
- 外傷や生活習慣:顎を強く打ったり、長時間口を大きく開けたりすることで関節に負担がかかります
顎関節症は、日本顎関節学会によると「心理的・構造的・生理的要素などが複雑に関わる多因子性の疾患」とされています。つまり、単純に一つの原因で起こるものではなく、複数の要因が重なって発症するのです。
ボトックス治療とは?歯科での活用法
ボトックス治療は、ボツリヌス菌から抽出されたタンパク質(ボツリヌストキシン)を注射する治療法です。この成分は筋肉の過剰な収縮を抑える働きがあります。
一般的にボトックス注射は美容領域でしわ改善や小顔効果のために知られていますが、医療分野では脳疾患による痙縮の治療や顔面神経麻痺のリハビリテーションなど、筋肉の緊張を解きほぐす目的で広く用いられています。
歯科医院で行うボトックス治療の特徴
歯科医院で行うボトックス治療は、単に美容目的ではなく「医療」としての治療になります。特に顎関節症の治療では、咬筋(こうきん)と呼ばれる噛むための筋肉にボトックスを注射することで、筋肉の過剰な緊張を和らげ、症状を改善します。
歯科医院でのボトックス治療には以下のような特徴があります。
- 噛む力をコントロールできるようになる
- 顎関節症の症状緩和に効果的
- マウスピース治療と併用することで効果を高められる
- 歯科医師は口腔や顎の構造に関する専門知識を持っているため、適切な治療が可能
ボトックス治療は、特に筋肉の緊張が主な原因となっている顎関節症(Ⅰ型)に対して効果的です。顎関節症は、顎の関節を構成する骨・筋肉・関節円板・靭帯などの異常によって生じますが、タイプ別にⅠ型(筋肉の異常)、Ⅱ型(関節靭帯の異常)、Ⅲ型(関節円板の異常)、Ⅳ型(骨の異常)、Ⅴ型(どれにも当てはまらないもの)に分類されます。
顎関節症にボトックス治療が効く理由
なぜボトックス治療が顎関節症に効果があるのでしょうか?その理由を詳しく見ていきましょう。
筋肉の過緊張を緩和する作用
ボトックス(ボツリヌストキシン)は、筋肉への神経伝達物質であるアセチルコリンの放出をブロックする働きがあります。これにより、筋肉への信号伝達が弱まり、過剰な緊張状態が緩和されるのです。
顎関節症の多くは、咬筋などの咀嚼筋の過緊張が原因で起こります。特に歯ぎしりや食いしばりが習慣になっている方は、無意識のうちに咬筋に大きな負担をかけ続けています。
毎晩のように歯ぎしりをしていると、まるで毎晩筋トレをしているのと同じ状態になります。その結果、咬筋はどんどん発達して力が強くなり、顎関節への負担も増大してしまうのです。
顎関節への負担軽減メカニズム
ボトックスを咬筋に注入すると、筋肉の働きが抑制され、噛む力が弱まります。これにより、顎関節にかかる負担が軽減されるのです。
具体的には、以下のようなメカニズムで顎関節症の症状改善に効果を発揮します。
- 咬筋の過剰な収縮を抑制し、顎関節への負担を軽減
- 歯ぎしりや食いしばりの力を弱め、歯や顎への損傷を防止
- 筋肉の緊張が緩和されることで、痛みや不快感が軽減
- 顎関節の動きがスムーズになり、開口障害が改善
当院では、MyOnyx(筋電計)を使用して筋肉の活動を測定し、適切な量のボトックスを注入することで、より効果的な治療を行っています。筋電計による定量的な評価は、施術者の技術に依存せず簡便で高い再現性を持ち、客観的な評価基準として国際的に認められています。
ボトックス治療の具体的な効果
ボトックス治療を受けることで、顎関節症の方にはどのような効果が期待できるのでしょうか。具体的な効果について解説します。
顎関節症の症状緩和
ボトックス治療の最も大きな効果は、顎関節症の症状緩和です。具体的には以下のような効果が期待できます。
- 顎の痛みの軽減:筋肉の緊張が緩和されることで、顎の痛みが軽減します
- 開口障害の改善:口が開けやすくなり、日常生活での不便さが解消されます
- 関節音の減少:顎関節への負担が減ることで、カクカク音などの関節音が減少することがあります
臨床研究によれば、顎関節症(TMD)の治療にボトックス注射を行った場合、3か月後の追跡調査で70%以上の患者が痛みの緩和を実感したという報告があります。
歯ぎしり・食いしばりの抑制効果
ボトックスは、歯ぎしりや食いしばりの原因となる筋肉の過剰な活動を抑制します。これにより以下のような効果が期待できます。
- 歯の保護:歯ぎしりによる歯のすり減りや亀裂を防ぎます
- 睡眠の質向上:就寝中の筋肉の過緊張が緩和され、睡眠の質が向上します
- マウスピースの保護:強い力でマウスピースが壊れるのを防ぎます
- 筋緊張性頭痛の緩和:食いしばりによって咀嚼筋の過緊張から血行循環不良、筋肉痛などがおき頭痛が引き起こされている場合頭痛の軽減が期待できることがあります。
歯ぎしり(ブラキシズム)に対するボトックスの効果を検証した研究では、ボトックスを咬筋に注射することで、患者の85%が「歯ぎしりや顎の痛みが緩和された」と報告しています。
副次的な効果
ボトックス治療には、顎関節症の改善以外にも副次的な効果があります。
- 小顔効果:咬筋の緊張が緩和されることで、フェイスラインがすっきりとします
- 頭痛・肩こりの改善:食いしばりや歯ぎしりが原因で起こる頭痛や肩こりが軽減します
- ガミースマイルの改善:笑ったときの歯ぐき笑いが改善されます
- ドライマウスの改善:筋肉の緊張が緩和されることで、唾液の分泌が促進されます
これらの効果は、患者さんの生活の質を総合的に向上させることにつながります。
ボトックス治療の流れと注意点
ボトックス治療を受ける際の流れと、知っておくべき注意点について解説します。
治療の流れ
当院でのボトックス治療は、以下のような流れで行います。
- 初診・カウンセリング:症状や希望をお聞きし、治療計画を立てます
- 筋電計による測定:MyOnyx(筋電計)を使用して、筋肉の活動を測定します
- ボトックス注射:測定結果に基づき、適切な量のボトックスを注入します(約15分で完了)
- 経過観察:効果の持続状況を確認し、必要に応じて追加治療を行います
ボトックスの効果は2〜3日ほどで現れ始め、1〜2週間でピークに達します。その後、3〜4ヶ月間効果が持続します。効果を維持するためには、定期的な治療が必要です。
治療前の注意点
ボトックス治療を受ける前に、以下の点に注意が必要です。
- 妊娠中・授乳中の方:治療を受けることができません
- 神経筋疾患のある方:治療に適さない場合があります
- 抗凝固剤を服用している方:内出血のリスクが高まる可能性があります
- 過去にボツリヌス毒素に対するアレルギー反応があった方:治療を受けることができません
治療を検討されている方は、まずは歯科医師にご相談ください。現在治療中の疾患がある場合は、必ず事前にお知らせください。
治療後の注意点
治療後は以下の点に注意してください。
- 注射した部位に痛み、内出血、硬いしこり、発赤が現れることがあります
- 治療直後は激しい運動や飲酒を避けてください
- 注射部位を強くこすったり、マッサージしたりしないでください
- 効果の持続期間には個人差があります(平均3〜4ヶ月)
ボトックス治療は、特にダウンタイムがないため、治療後すぐに普段通りの生活ができます。しかし、まれに頭痛や倦怠感などの症状が現れることがありますので、異常を感じた場合はすぐに医師にご相談ください。
ボトックス治療とマウスピース治療の比較
顎関節症の治療法としては、ボトックス治療の他にマウスピース治療も一般的です。それぞれの特徴を比較してみましょう。
それぞれの特徴と効果
マウスピース治療の特徴
- 上下の歯が直接接触するのを防ぎ、歯を保護する
- 噛み合わせの高さを調整し、顎関節への負担を軽減する
- 継続的な使用が必要(特に就寝時)
- 非侵襲的な治療法
ボトックス治療の特徴
- 筋肉の過剰な緊張を直接緩和する
- 注射による一時的な治療(3〜4ヶ月ごとの繰り返しが必要)
- 即効性がある
- 侵襲的な治療法(注射が必要)
併用治療の効果
実は、マウスピース治療とボトックス治療は相互に補完し合う関係にあります。併用することで、より効果的な治療が期待できるのです。
一般的なかみ合わせ治療では、マウスピースを使用してかみ合わせの位置を正すことで、食いしばりや歯ぎしりを改善します。しかし、筋肉が硬くなっている場合は、かみ合わせの位置の調整が難しく、治療期間も長くなってしまう可能性があります。
そのような場合、ボトックス治療を併用し、筋肉の緊張を緩和・噛む力をコントロールすることによって、歯ぎしり・食いしばりをはじめ、顎関節症を効率良く改善することができます。
軽度〜中等度の症状の場合はまずマウスピース治療から始め、効果が不十分な場合や筋肉の緊張が強い場合にボトックス治療を併用するというアプローチが一般的です。
ボトックス治療に関するよくある質問
最後に、ボトックス治療に関するよくある質問にお答えします。
効果はどれくらい続きますか?
ボトックス治療の効果は個人差がありますが、一般的には注射後2~3日で効果が現れ、約3〜4ヶ月間持続します。効果を維持するためには、定期的な治療が必要です。
反復治療によって効果の持続期間が長くなり、投与間隔も広がることがあります。これは、筋肉が徐々に萎縮し、元の状態に戻るまでの時間が長くなるためです。
治療時間・回数はどのくらいですか?
ボトックス注射は約15分で完了します。表面麻酔を希望される場合は約40分かかります。効果を維持するためには、3〜4ヶ月ごとの定期的な治療が必要です。
ダウンタイムはありますか?
特にダウンタイムはないため、治療後すぐに普段通りの生活ができます。ただし、まれに注射部位に内出血や腫れが生じることがありますが、数日で改善します。
治療を受けられない人はいますか?
以下の方は治療を受けられません。
- 妊娠中の方や妊娠の可能性がある方
- 授乳中の方
- 神経筋疾患(重症筋無力症など)のある方
- ボツリヌス毒素にアレルギーのある方
また、他に治療中の疾患がある場合は、事前に医師にご相談ください。
まとめ:顎関節症にボトックスは効果的
顎関節症は放置すると症状が悪化し、日常生活に大きな支障をきたす可能性があります。早期に適切な治療を受けることが重要です。
ボトックス治療は、特に筋肉の緊張が主な原因となっている顎関節症に効果的です。しかし、すべての顎関節症に効果があるわけではありません。まずは専門医による適切な診断を受け、自分に合った治療法を選択することをおすすめします。


